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新潟市、東区の子ども食堂に行って思った日本と世界の食料問題|ふぁみぐろ

NYタイムズの記事でイエメンの飢餓問題のついての記事を見たことがありますか?

参考サウジアラビアのイエメン封鎖で「餓死」する子供たち、クーリエジャポン

記事を見てもらうと分かるんですけど、実際に飢餓でなくなってしまう直前の子供の写真も公開されていて、子どもがいる身としては、なんとも言えない感じになりました。

 

自分には何もできないけど、NYタイムズの記事を読んで思った日本と世界の食料問題、飢餓問題についてちょっと書きます。

妻の母が子ども食堂をしている

はじめに少しだけ。

 

話しが少しずれるんですけど、私の妻の母が新潟市の東区でOHANA食堂という子ども食堂をしています。

参考新潟市の子ども食堂、新潟市社会福祉協議会

出るご飯は結構ボリュームがあって大人でもお腹いっぱいになるくらいの量を出してくれます。

グルメな息子と娘も、マズイと思ったものは容赦なく残すのに、毎回2回はおかわりをするのでおいしいんだと思います。

 

実際に私もおいしいのでおかわりをしています。

 

OHANA食堂に来る方は、近所の小学生~高校生や家族連れなどなど年齢層が幅広く「結構たくさん人がきてすごいな~」って思って参加しています。

 

あと、最近改めて思うのが私って子どもがいるのに子どもが苦手ってことに気が付いたんです。

 

自分の子どもが2人いるでしょ!というのはなしです(/ω\)

 

でも、子ども食堂だからもちろん子どもがたくさん来ますよね。

 

だから、毎回今回は子どもに何をされるのかハラハラしているんですけど、奇跡的?にいい子が多いので子どもが苦手な私も安心して行っています(笑)

 

義理母がしている名目は「子ども食堂」ですが、私的には「おいしくご飯を食べさせてくれる場所」という感覚で行っていて、毎回おいしくご飯を頂いているのでありがたいです。

イエメンでは飢餓で0~7歳の子どもが死んでいる現実

義理母の子ども食堂は毎週水曜日に行われています。

 

で、NYタイムズのイエメンでの飢餓問題の記事も水曜日に公開されました。(厳密にいうとNYタイムズが公開した記事をクーリエジャポンというメディアが翻訳して公開した記事)

 

子ども食堂に行ってきて、家に帰ってきてから飢餓問題の記事を読みました。

 

私はご飯をおかわりして「もうお腹いっぱいかな~(*‘ω‘ *)」と妻にいいました。

 

子どもも毎回いっぱいくるので、子どもたちはたくさんいますし、大人や子どもの笑い声が響いていました。

 

私も子どもが苦手と言いながら、3歳?4歳くらいの男の子と女の子が作った紙飛行機を「飛ばして~」と言われたので、飛ばす係をして遊んでいました。

 

多分、子ども食堂にいる大人も子どもも「お腹が減った」と思っている人はいないはず。

 

そのあとにNYタイムズの記事を読んで何とも言えない気持ちになりました。

言葉に言えない気持ちってこんな事?

多分というか想像でしかないですけど、イエメンでの飢餓問題。

 

食料に困っている子どもたちは「お腹が減った」という気持ちがあるのか?

 

今は食料がないのが当たり前、食べれない。

 

お腹が減った以前の問題で大人も子供も苦しんでいる。

 

むしろ、苦しんでいるという言葉も違うと思う。

 

日本で子ども食堂が広まったのは明確には覚えていないけど、ここ最近だと思う。

 

ただ、ウィキペディアで見ると2010年頃から始まったみたい。

参考子供食堂、ウィキペディア

地域によって子ども食堂の定義は違うと思うけど、たしか、子ども食堂が広まった理由、支援する理由についてあるのが日本での子供の貧困問題、食料問題だったと思う。

 

日本には絶対的貧困と相対的貧困があると言われている。

 

相対的貧困だと食事が偏ってしまう傾向にあると思います。

 

極端に言えば、ご飯ともやしだけ、ご飯だけ、おかずも毎回同じ、パンだけとか。

 

これだと栄養問題があります。

 

もちろん絶対的貧困もカバーしたいのが子ども食堂の位置だと思う。

 

ただ、、、、、ただ、、、、イエメンだと圧倒的に「子ども食堂が追い付いていない」

 

次元が違う話だけど。

 

生まれた国が日本だった、生まれた国がイエメンだった。

 

これだけでこんなに食料問題で大きな違うがあるんだな、と改めて驚いたし、日本は恵まれた国だと痛感。

 

日本とイエメンの状況を比べるのは違う

今まで書いてきた文章だと、日本が恵まれた国、イエメンが貧困状態のひとくくりでまとまってしまうけど、自分が言いたいのはこんなことではない。

 

と、いうかここで日本とイエメンを比べるのは違うと思っているんだけど、明確に違う理由を言う言葉が見つからないのがもどかしい。

 

比べるわけではないと思いたいだけかもしれないけど、、、、

 

国にはそれぞれ問題があるし、それぞれの問題を比べるのは違うと思う。

 

私が子供の時、学校の先生とかうるさい大人に言われた言葉でご飯を残そうとすると「世界には食べれない人がいるんだから全部食べなさい」とよく言われました。

 

言われるたびに思いました。

 

「ここは日本だよ」

 

今でもこの考えは変わりません。

 

世界は世界の問題、自分は日本で生まれた子どもだよって話。

 

残すなって話しなら食べられるだけご飯を盛ればいいじゃん!って毎回思っていました。

 

多分、悩むレベルが違うんだと思います。

 

この記事を書いて思ったのは、「世界には食べられないこどもがいるんだよ~」という教えだと物事に優越を付けるからキライだなと改めておもいました。

 

  • 食べられる日本=格上
  • 食べられない国=格下

気が付かないうちに日本は恵まれた国、ご飯が食べられない国は恵まれていない国というレベルを付けて、上下をつけて差別感覚を作る気がします。

 

でも、ご飯が食べられない国はその国の国民のせいではないですし、格下でも格上でもないと思っています。

 

その国レベルで悩む問題は違います。

 

それが生命に直接関係があるかないかという話し。

生活が苦しいならすぐに生活保護を受けたほうがいい

朝日新聞の記事では先月の生活保護を受けた世帯が増加したそうです。

参考生活保護世帯、2カ月連続で増加 163万8599世帯、朝日新聞

自分的にこれは良い傾向だと思う。

 

すごく誤解がある言い方だけど、生活保護を受給できた世帯が増えた理由にあるのが一人暮らしの高齢者が受給したからだと書かれていました。

増加は2カ月連続。ひとり暮らしの高齢者世帯が818世帯増えたことなどが要因だという。

受給できたということは「お金」の心配をして暮さなくてよくなったということだし、生活保護が受給できたということは、数か月に一度は保護課の方が家に来てくれるので社会とのつながりができる。

 

それだけ「救われた人」がいるということ。

 

生活保護関係のテレビを見ると毎回不正受給、不正受給とあたかも「生活保護=悪」という構造を作ろうとしている傾向が感じられるけど、不正受給をしているのはほんの一部だし、そのように放送するテレビが悪としか感じない。

 

本当に生活保護を受けないといけない人もいる。

 

もちろん、生活保護にもいろいろ問題が挙げられているけどね。

 

ただ、日本に生まれたからには生活保護は権利だからよい制度と思っているというだけ。

本当を言うと子ども食堂は無くなったほうがいい

子ども食堂が広まったキッカケに子どもの食料問題の他に、地域社会とのつながりがなくなった、家に子供が1人でいる家庭が増えたという例があった気がする。

 

そうゆうことを思うと、子ども食堂がないといけない世の中になった、子ども食堂を作らないといけない日本になったということでしかない。

 

いろんなメディアで子ども食堂のことを取り上げられている。

 

どのメディアも「子どもに笑顔が~」「地域とのつながりが~」「笑い声がかえってきました~」「すごいですね~」って絶賛する声を多く聞くけど、いやいや違うでしょ!って毎回思う。

 

本当ならその笑顔を家庭で見せるのが本当でしょ?家で笑うのがいいでしょ?ってすごく子ども食堂を絶賛している姿勢に疑問しかない。

 

たしかに、子ども食堂をしている方はすごい。

 

見知らぬ子どもとか大人にご飯を提供しているんだから。

 

ただ、本来なら「子ども食堂という仕組み」は絶対になくなるべきだし絶賛するものではない。

 

子ども食堂をすごいという前に、働き方とかブラック企業をたたくほうが絶対に有益。

 

子ども食堂とブラック企業たたきの同時進行がいいかもね。

 

最近少し思うのがベーシックインカムにしたり、キューバみたいな社会主義国家もある意味幸せなんじゃとすごい思う。

 

一定の生活の水準を保てるというのは絶対に心の安定。

 

何もしないで生活が保障されるなら絶対に良いと思う。

 

資本主義なんてアメリカが広めたものだし、資本主義が絶対いいなんてことはないと思っている。

 

メディアで貧乏人だった芸能人とお金持ちの人を比べるメディアもあるけど、すごい意味がないし内容がない。

 

このことについて思うのも貧乏だったとしてもお金持ちだったとしても「偶然」その環境に生まれただけ。

 

価値も魅力も何もない。

 

遊んで仕事をしたほうがいい

話しはずれるんですけど、最近、経済とかマーケティングを勉強しています。

 

そこで知ったことがこれ。

時代と共に変化するマーケティング
  • マーケティング1.0-製品主義マーケティング
  • マーケティング2.0-消費者志向マーケティング
  • マーケティング3.0-価値主義マーケティング
  • マーケティング4.0-自己実現マーケティング

これはアメリカの経済学者、フィリップコトラーが唱えた理論。

 

マーケティングの歴史を見ると1950年代から始まったみたいです。

 

1950年ころはとにかく物がない時代、とにかく作れば売れた時代。

 

商品の価格も企業のさじ加減。

 

しかし、物があふれることで消費者である私達は売り物を比較することができるようになり、価格に見合ったものを買うようになりました。

 

それが消費者志向マーケティング。

 

そこから価値主義マーケティングに変化、価格よりその商品に対してどんな価値があるのか、どんなことを実現できるのかという消費になってきます。

 

そして、今が自己実現マーケティング(厳密にいうとまだ自己実現マーケティングという言葉はないかもしれません)

 

その商品を持つことで自分が思っている「なにか」を実現できるのかというのが価値になってきました。

 

その「なにか」は自分でも無意識に思っていることが多く、その「なにか」を実現するために企業がいろんな商品を発売しているんです。

 

そう思うと少し前の「スマホ」がそうかもしれませんね。

 

電話だけでよいと言われていた携帯電話から、いろんな機能がそろったほうがいいよねということで音楽も映画もいまやお財布の代わりにもなるようになりました。

 

Appleのマーケティングはよく良い実例として紹介されますからね。

 

で、マーケティング4.0があるということはマーケティング5.0があること。

 

堀江貴文さんがいう遊ぶが仕事はあながちウソではない

 

ビジネス界では絶対に切れないのが堀江貴文さん。

 

堀江さんがいろんな媒体で言っているのが「遊びが仕事」という言葉。

 

少し前の自分にはよくわからなかったんですけど、今なら少しわかるかもしれません。

 

今の世の中、ものがあふれていて叶えたいことは大体お金があれば解決できます。

 

物はあるんです。

 

と、いうことは次も求められるのがお金以外の価値。

 

しかし、製品事体の価値も頭打ちになっているのかもしれません。

 

と、残るのはあと遊ぶ事。自分が楽しむという体験。

 

それが遊びが仕事ということかなと。

 

現実にユーチューバーがいい例。

 

日本でEDC JAPANやULTRA JAPAN、S2OといったEDMフェスが日本に上陸したり、世界的にEDMが広まったのには理由があるのかなと思いました。

 

楽しい体験×商品

 

ただ、ここで重要なのが楽しい体験にはお金という感覚がジャマをするということ。

 

楽しいにお金は関係ありません、なのに、商品を提供する側がいかにお金を使ってもらうか、財布から諭吉を出してもらうかに重視をすることで、お金を支払う価値=楽しむ価値というのにギャップが生まれます。

 

楽しむという感覚を作るにはお金という考えがジャマ。

 

だから、社会主義だとできないけど、ベーシックインカムにすれば生活最低限の暮らしができるのだから本当に楽しい仕事ができる、生まれるんじゃないかなと思っています。

自分たちにできることをするしかない

すんごい話しがずれました。

 

どんなことを書いても今の状況は変わらない。

 

イエメンもそうだし、私達がお腹いっぱいにご飯と食べている時に地球のどこかでは飢餓で亡くなっている人がいる。

 

しかし、自分たちにできることはあります。

 

それが募金。

 

クーリエジャポンが紹介した飢餓の記事の下にイエメンの子供たちに支援している機関の募金先が6つありました。

 

もちろん、私が募金をすることで大きく変わるわけではないです。

 

でも、バタフライエフェクトではないけど、小さな金額でも募金をすることで変わってくれる人がいるなら、という気持ちです。

 

募金をしなくてもこんな国が困っているだ、こんな機関が支援しているんだ、と気になったらリンク先を見てみてください。

私は微力ながらセーブザチルドレンに3,000円寄付しました。

 

セーブザチルドレンってイエメンだけでなくアメリカや日本にも支援しているんですね。

 

日本は別としてもアメリカでも支援が必要な地域があるというのには純粋に驚きました。

 

あと、もう1つ気になった支援方法。

 

それが内閣府がしている「こどものみらい古本募金

参考こどものみらい古本募金を詳しく見ている、内閣府サイトへ

これはいらない本やゲームの売り上げ金額がそのまま「学びの機会」や「衣食住」が足りない子どもを支援している機関への募金になる制度。

 

売る本は送るのですが、うれしいのが5点以上なら送料が無料になること。

 

いらない本を買い取り店にもっていったとしても1冊10円とか50円になる時がありますよね。

 

そんな金額で買い取られるくらいなら「こどものみらい古本募金」に送ったほうが有益だと思いませんか?

 

内閣府がこんな取り組みをしているのには驚きました。

 


こんな記事を書いたことで何かが変わるわけでもないし、救える命があったとしてもたかが知れていると思う。

 

でも、子どもを持つ親として地球のどこかで同じ子どもが亡くなっている事実を知ってしまったのであればできることがしたいし、するのが義務。

 

うちの娘、4歳なんですけど大人のごはんの量を3杯、4杯は食べるからお肌とか顔がもちもちなんですよね。

 

そのもちもちを体験することなく亡くなるなんてやるせない。

 

それはクーリエジャポンの記事を読んで思いました。

 

最後にもう一度クーリエジャポンの記事のリンクを紹介します。

サウジアラビアのイエメン封鎖で「餓死」する子供たち、クーリエジャポン公式サイトへ

痩せてしまった子供の画像がそのまま載っているのでニガテな方は見ないほうがいいかもしれません。

 

でも、知っておいていいことだと思います。